かなしい想い。
やさしい想い。
さわやかな想い。
うらやむ想い。
がんばる想い。
どんな想いがあるのか数え上げたらきりがありませんが、人間は「すべての想い」を、「すべての人」が持っているようです。ですから何かのできごとに出会うごとに、瞬間的に、そして自分にも予想もつかないような想いまでもが湧き上がってくるのです。
想いがやっかいなのは、「すばらしい想い」もあれば「あまり歓迎できない想い」もあることです。自分のココロとは裏腹に歓迎できない想いが湧き上がってくるということは、誰もが経験していると思います。
がんばろうと想うから、がんばる。
なまけようと想うから、なまける。
なまけたいけれど、やっぱりがんばっておいた方が良さそうだと想うから、がんばる。
がんばりたいけれど、このくらいでイイやと想うから、そのくらいがんばる。
こんな風に、人間はすべて自分の想いから毎日の行動を生み出しています。良い想いは良い行動を生み、悪い想いは悪い行動を生み出すようです。そう考えると、「想い」は成長のはじまりであり、毎日の「想い」の差が人間の成長の格差を生んでいくのだと思います。
自分の「想いの持ち方ひとつ」で自分らしい成長が生まれてくるのです。